ドラムの高瀬です。前回のブログはこちらでご覧いただけます。
高校時代にメロコア・パンクロックのコピーバンドで高速2ビートを叩きまくったので、大学に入ったら違うジャンルのドラムを叩きたいなぁと思っていたところ、いわゆる新歓でジャズのビッグバンドオーケストラのサークルがあることを知ります。この頃ジャズに少し興味があったこともあり、そのままそのサークルに入ることになりました。
ジャズのビッグバンドって例えば以下のような感じですね。
それで、そのサークルのひとつ上の先輩ドラマーFさんが超絶上手くて、入って早々に良い意味で自信を失いました。井の中の蛙とはまさにこのことかと。そこからとにかく猛練習して、大学の授業がない時(まれにある時も笑)はスタジオにいましたね。Fさんのドラムにはめちゃくちゃ影響を受けました。
あとは言わずと知れたBuddy Richの映像や音源もよく視聴していた気がします。
Fさんは頭も超絶良くて、アメリカの大学に留学することに。そのため、留学後はお前にドラムを任せたぞと。留学行くまでにしっかりおまえを育てるという話になりました。練習意欲にもさらにエンジンがかかり、猛特訓の日々が始まります。
ところが留学が決まってしばらくたったある日、Fさんが留学するのをやめたというのです。半ばサークルのメインドラムを任されるというワクワク感でモチベーションを保ってきたこともあり、留学やめる事件をきっかけに僕は完全にやる気を失います。そしてこのサークルを辞めます。
サークルを辞めた後はどこにも所属せず、フリーで活動していました。ドラマー人口が少なかったようで、幸いにもいろいろな団体やサークルから依頼があり、ゴスペル、ミュージカル曲、洋楽ポップス等ジャンル問わずドラムを叩きました。
ゴスペルだと例えば以下とか。
ミュージカル曲だと以下はよくやりました。
洋楽ポップスだと以下なんか有名ですね。
こうやっていろんなジャンルの曲を聴いて、そのドラムを叩くことによってすごく幅が広がっていきました。ですので、実はいまの僕のドラムはほぼすべてのジャンルから影響を受けてます。
あとは、いろんな人と知り合えたことは大きかったです。大切な出会いもあったし、会う人みんなタイプも様々なのでコミュニケーション能力も磨かれました(多分)。フリーになってからの方が大学生活を謳歌していたかもしれません。刺激にあふれた日々でした。
一方で、やりたい音楽としてはやっぱりレッチリだったりインキュバスだったり洋楽オルタナティブ志向で、そういった方向性のバンドを探していました。そんな時、個人練習に使っていたスタジオにまさにドンピシャな方向性のバンドのドラマー募集の張り紙を目にします。
breeding freesia(ブリーディングフリージア)。そんなバンド名でした。早速ドラマーとして入りたい旨を連絡したところ、大塚に彼らのライブを観にいくことになります。
実はこのバンドでギターを弾いていたのが元メルヘンベリーのギターの曽根さんです。次回のブログではbreeding freesiaのことや就活について書ければと思います。