MARCHEN BERRYに加入するまで

最終更新: 2019年8月12日

ドラムの高瀬です。前回のブログはこちらでご覧いただけます。


日々の忙しさにかまけて気がづけば2019年1月。前回の更新からもうすぐで丸3ヶ月経つという「継続は力なり」という格言が最も似合わない状況に追い込まれております。平成もそろそろ終わるというのにこの体たらく、実にひどい有様でございまして、もう指をさされて笑われても仕方がないかと思っております。(でも笑わないでください。。。)


久々の更新となりますと、もはやこのブログをどのようなテンションで文体で書いていたかも怪しく、少々読みづらいこともあるかと思いますが、このブログページを訪問しているもの好きな貴方であれば最後までお付き合いいただけるかと思います。(冗談です。)


さて、自虐と言い訳はここまでとして、本題に入ろうかと思います。そうです、MuSuToWaというバンドをスタートさせてからMARCHEN BERRYに加入するまでのことを今回のブログでは書くと決めておりました。(本当は現時点で企画ライブについて熱く語りたかった笑)


ボーカルレスのインスト体制でスタートしたMuSuToWaですが、目指すところがレッチリやインキュバスといったボーカルありの洋楽オルタナティブテイストのバンドだったので、スタジオにメンバー募集の紙を貼ったり、インターネット上のメンバー募集サイトで募集をかけてみたりと、ボーカル探しを一生懸命やりました。


バンド活動を始めるにあたってひとつの大きな壁はこのメンバー探しです。特にバンドの顔となるボーカルともなれば、求める水準も必然的に高くなりますし、応募はあってもなかなか決まりません。合計で6~7人の方とお会いしたように記憶しています。


そんな中、ようやく一人ボーカルが決まり、本格的に活動を開始することができました。当時はまだサラリーマンを続けていたので、キックペダルとスティックをもって出勤し、仕事終わりに練習スタジオに直行したり、休日を使ってバンド練習と個人練習に励んでいました。


実はMuSuToWaでは作曲もしていて、以下の曲は僕がメインで作曲しました。活動を開始して結構早い段階でできた曲で、ライブでよくやる曲になっていたように記憶しています。ちなみにエレアコで作曲しました。(そして映像をご覧になった方は分かるかと思いますが、この頃から渋谷Guiltyには大変お世話になっております。)




バンドメンバーも見つかり、曲も徐々に完成していく中で、いよいよレコーディングをすることになりました。僕個人としては初めてのレコーディング。プロのアーティストのレコーディング風景として見ていたことを自分も体験していることにとても興奮したのを覚えています。


完成した音源を聴いた時は、またまた興奮したのを覚えています。もうこのバンドには可能性しかない。これが認められなかったら世の中おかしい。よし、すぐにレコード会社や音楽事務所に送りつけてやろう。


送りつけました。たくさん送りつけました。でも見事に何も反応がありませんでした。世の中のほとんどのバンドマンが一度はこのような一喜一憂を味わっているんじゃないでしょうか。あれだけの自信作に対して何も反応がないとは。。。


今振り返ってみれば「そうだよね」となるのですが、その当時の僕はその現実を受け入れるのが難しかったと記憶しています。なにせ洋楽オルタナティブやらプログレッシブロックばかり聴いてましたからね。




ライブの動員も芳しくなく、音源に対する反応もない状況が続き、あっという間にMuSuToWaは行き詰まります。そして曽根さんから、MuSuToWaは終了し、僕がドラムに加入してMARCHEN BERRYを再開しないかと提案がありました。


この提案を僕が受け入れ、MARCHEN BERRYは僕がドラムに加入して再始動することになります。この時はまだアルファベット大文字表記でしたね。


気が付けば結構なボリュームになりましたので、今回はここらで筆を置かせていただきます。次回はMARCHENBERRYがメルヘンベリーに変わるところぐらいまで書ければと思います。もちろん、今年中に必ず更新します。いや、弱気になるのはやめて、元号が変わる前に必ず更新します。


というわけで、皆さま今年もよろしくお願いいたします。(遅いw)

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